そよ風 note
女性の筋膜に対するホルモンの影響
これまで、肩こりや腰痛や関節痛など(筋骨格系の痛み)の有病率は、男性よりも女性の方が有意に高く、女性の方が慢性化しやすいことは知られていましたが、その理由はよくわかっていませんでした。
ところが、筋膜の研究が進むにつれて、ホルモンが女性の筋膜に及ぼす(女性患者さんを治療するうえでの)重要性が明らかになってきました。
女性の筋膜を調べた研究では、女性の筋膜の細胞には性ホルモン受容体(ホルモンと作用するタンパク質:細胞に情報を伝えるもの)が含まれていて、閉経後の女性では閉経前の女性に比べて受容体の発現量が少ないことがわかりました。
現在では、更年期(40歳〜55歳くらい)から閉経後において、ホルモンバランスが変化するにつれてコラーゲンとエラスチンの比率が変化し、筋膜の組織とその働きに変化を引き起こすことがわかっています。
『コラーゲンとエラスチンについて』
筋膜は、コラーゲンとエラスチンと水分でできていますが、ホルモンの影響を受けるのは主にコラーゲンのようです。
コラーゲンという名前は「接着剤」を意味するギリシャ語の「kólla」 と「生成」を意味する接尾辞の「gen」 に由来するそうです。
現在、コラーゲンには19種類の型があり、Ⅰ 型、Ⅱ 型、Ⅲ 型、・・・と分類されています。
その中でも Ⅰ 型コラーゲンは身体でもっとも多く、皮膚、骨、腱、靭帯、筋膜にあり、全コラーゲンの90%を占ます。
そして、Ⅰ 型コラーゲンは鉄鋼よりも強く、強大な張力に耐えることができるほどとても頑丈なので、筋膜は「第2の骨格」と言われています。
Ⅱ 型コラーゲンは、Ⅰ 型コラーゲンよりもずっと細く、軟骨と椎間板にあります。
Ⅰ 型 と Ⅱ 型のコラーゲンは張力に抵抗しますが、伸張できるのは元の長さの10%までです。
Ⅲ 型コラーゲンは、皮膚、骨膜、(平滑)筋、動脈、内臓などにあり、柔軟な臓器の構造を維持し、創傷(きず)を治し、腱・靭帯・骨膜が骨に付着する部分として機能しています。
エラスチン線維は、コラーゲン線維よりも細く、反発力を加える弾性線維(組織がゴムのように伸縮する柔軟性)です。
コラーゲンとエラスチンは互いに交差したり螺旋状に巻き付いたりして、強度と弾力性を与えています。
エラスチンは元の長さの230%まで伸張しますが、その機能は、加齢や太陽の光によって低下してしまいます。
『エストロゲンと筋膜』
エストロゲン(卵胞ホルモン):妊娠の準備をするホルモン
・子宮内膜を厚くして妊娠に備える
・女性らしい身体をつくる
・自律神経の働きを安定させる
・Ⅰ 型コラーゲンの産生を促す
・血管、骨、関節、脳などを健康に保つ
エストロゲンは、Ⅰ 型コラーゲンの産生を促し、コラーゲンの架橋(コラーゲンの安定維持のために結びつく)濃度を高め、Ⅲ 型コラーゲンを減少させることによって、筋肉と筋膜を強化します。
また、コラーゲンとエラスチンの分解を遅らせて、筋膜が硬くなること(弾力性や伸縮性の低下)から保護しています。
したがって、閉経期移行中および閉経後にエストロゲンのレベルが低下すると、筋膜は硬くなって、弾力性や伸縮性が低下してしまうのです。
『プロゲストロンと筋膜』
プロゲストロン(黄体ホルモン):妊娠を維持するホルモン
・エストロゲンの働きによって厚くなった子宮内膜を柔らかく維持して妊娠しやすい状態にする
・水分や栄養をため込み、妊娠を維持する
・体温を上げたり、食欲を増やしたりする
ホルモンが筋膜に影響を及ぼす一つの重要な領域は、食道と胃の境目にある「下部食道括約筋」です。
下部食道括約筋は、胃酸や胃の内容物が食道に逆流しないように、胃の噴門(胃の入り口)を締める働きをしています。
妊娠中のエストロゲンとプロゲストロンの上昇は、下部食道括約筋の締まりを緩ませるので、妊娠中に高頻度にみられる胃食道逆流症の病因となります。
『筋膜性の痛み(筋膜性疼痛症候群)』
筋膜性の痛みには、年齢との間に相関関係があることがわかりました。
ある研究では、高齢の人は若い人よりも側頭部(頭)の筋膜が硬いことを示しています。
年齢が上がるにつれて、より硬く柔軟性の低い筋膜が形成され、滑走性(組織が互いにすべり合う動き)が低下します。
痛みの原因となる筋膜にそのような変化が起こると、筋膜性疼痛症候群(痛みや関節の動きの制限)を引き起こします。
筋膜性疼痛は、男性よりも女性に多く、閉経前の女性よりも閉経後の女性に多い。
参考にした本「Fascia, Function, and Medical Applications(筋膜、機能、医療への応用)」には、以下のことも書いてありました。
・筋膜と痛みの関係が明らかになったことで、医師は、単に症状を緩和するために薬を処方するのではなく、筋膜を慢性的な痛みの病因として考慮しなければいけない。
・ホルモンが筋膜組織にどのような調節不全を引き起こすかについての知識は、筋膜性疼痛の性差の違いを理解し、女性患者さんを治療する際にはとても重要である。
・これまでの研究によって、ホルモンが女性の筋膜の健全な機能をサポートするうえで重要な役割を担っていることがわかった。臨床家(医師や治療家)は、女性患者さんを治療する際に、このことを念頭におくべきである。
・ホルモンが筋膜組織にどのような影響を及ぼすかについての理解は始まったばかりだが、ホルモンが筋膜組織に影響を及ぼすことは明らかである。
これからも筋骨格系の痛みに対して、「背骨や椎間板の変形」「椎間板ヘルニア」「脊柱管狭窄症」「神経の圧迫」「関節の変形」「軟骨のすり減り」など、今まで通りの説明(治療)がされるなら、慢性化しやすい女性はより慢性化してしまう。
そして、「先進国中でもっとも遅れている」とされる日本の慢性痛医療は、もっとも遅れたままだ。
症状が出ている期間が長い(数ヶ月から数年)ほど、トリガーポイントの数も多く、広範囲に及ぶ傾向があります。
◻︎参考文献◻︎
「Fascia, Function, and Medical Applications (筋膜、機能、医療への応用)第2版」 2025
13章 Hormonal Effects on Fascia in Women(女性の筋膜に対するホルモンの影響)
「ファシア ー その存在と知られざる役割 ー」医道の日本社 2020