そよ風 note
スタチン系薬によるトリガーポイントへの影響
一部の薬は、副作用として筋肉の痛みやこわばりなどを引き起こすことがあります。
たとえば、「トリガーポイント」を抱える患者さんがスタチン系薬(コレステロール値を下げる薬)を服用する場合は、こうしたリスクに注意する必要があるようです。
トリガーポイントの形成には、筋肉の細胞内で過剰なカルシウムイオンの放出が起こっています。
ところがスタチン系薬は、このカルシウムの調整に影響を与える可能性があり、トリガーポイントに関連する一連の生理反応(カスケード反応)を活性化させる可能性があるようです。
「カスケード反応」とは、トリガーポイントが引き金となり、神経系やホルモン系を含む生理学的反応が連鎖的に広がることで、症状が広範囲に及ぶ現象です。
「Simvastatin triggers mitochondria-induced Ca2+ signaling alteration in skeletal muscle」
この研究によると、スタチンは筋肉の細胞内のカルシウムイオンの調整を乱し、筋小胞体からの過剰なカルシウムイオン放出を誘発するようです。
こうした変化が、スタチン系薬による筋肉の副作用(痛みや疲労など)の原因になる可能性があると結論づけられています。
薬の名前には「商品名(製薬会社が販売するためにつけた名前)」と「一般名(有効成分の名前)」があります。
例
商品名:ロキソニン / 一般名:ロキソプロフェン
商品名:カロナール / 一般名:アセトアミノフェン
スタチン系薬の一般名には、語尾に「スタチン」がつきます。
商品名 一般名
リピトール アトルバスタチン
クレストール ロスバスタチン
リバロ ピタバスタチン
ローコール フルバスタチン
リポバス シンバスタチン(研究で使われた薬)
メバロチン プラバスタチン
なお、スタチンの副作用として取り上げられることが多い「横紋筋融解症」は、重篤な副作用ではありますが、発生することは極めて稀とされています。
テニスをしないTさんの「テニス肘」
先日から、右肘の痛みでお困りのTさん(60代・男性)が来室されています。
来室までの経緯(整形外科 → 整骨院 → しまだ)は、以前にご紹介したテニスをしないNさんの「テニス肘」と同じでしたが、Tさんはより複雑な状態でした。
通常、トリガーポイントに伴う筋肉の拘縮(硬結・タイトバンド)は、私の右肩痛のように局所的に現れることが多いのですが、Tさんは広い範囲にわたり、よりきつい状態でした。(太い弦を弾いているような感触です)
毎日右手で持ち歩いているというビジネスバッグを持たせてもらいましたが、とても重くてびっくりしました。
こうした日常的な負荷の積み重ねによってトリガーポイントが形成されたことは間違いありませんが、これほど広範囲に拘縮が形成された背景には、長年服用されている「リバロ(スタチン系薬:コレステロール値を下げる薬)」の影響が考えられます。
慢性的な痛みの背景には、複数の要因が関係していることが多いです。
Tさんから動画の撮影と公開の許可をいただきましたので、拘縮による跳ね上がりが顕著な動画をご紹介します。
動画は腕だけですが、首や背中(腕の付け根)にも同じような状態のトリガーポイントがありました。
筋肉とカルシウムの関係を解き明かした日本人研究者
筋肉とカルシウムの関係を解き明かしたのは、日本人研究者でした。
1943年、東京大学の動物生理学者・鎌田武雄教授(1901−1946)は、アメリカの生物学者・ハイルブランの提唱を受け「筋肉の収縮にはカルシウムイオンが関与している」という研究結果を発表しました。
この発表は戦時中、日本の雑誌(英語論文)に掲載されたため、しばらくの間は世界にほとんど知られなかったそうです。
それから25年後の1968年、同じく東京大学の江橋節郎教授(薬理学・分子生物学者/1922–2006)が、「カルシウムイオンが筋肉の収縮と弛緩の両方をコントロールしている」という "江橋先生のCa(カルシウム)説" を発表しました。
江橋教授はさらに、カルシウムイオンを受け取るたんぱく質「トロポニン」を発見・命名し、筋肉の収縮と弛緩のエネルギー源「ATP(アデノシン三リン酸)」の役割も明らかにしました。
しかし、当時の生化学者は「生体内で重要な働きをするのは複雑な有機物質(炭水化物やたんぱく質など)であり、無機物なカルシウムが筋肉の収縮と弛緩に関わるはずがない、まったく不要だ」という信念があったため、江橋教授のCa説はなかなか受け入れられませんでした。
それでも地道な研究を重ねた結果、江橋先生のCa説は世界に認められ、筋生理学の基礎(常識)となったのです。
トリガーポイントに取り組んでいる世界中の治療家が、「筋肉が伸び縮みするしくみ」から「トリガーポイントの形成と慢性化するしくみ」を正しく理解することができるのは、鎌田武雄教授と江橋節郎教授の先駆的な研究のお陰なのです。
・座長のハンス・ウェーバーが「討議の結果、カルシウム説は明らかに否定された」と宣言するや、娘のアンネマリー・ウェーバーは激昂して絶叫し、エバシは日本語でわめいた。皆は腹をかかえて笑った。
・「私はそうは思わない。が、したいようにしなさい(I don’t think so, but you may do it)」
・「たぶん君は正しいのだろう。しかし、私はカルシウムが好かんのだ。(You may be right, but I don’t like calcium)」
・「おまえはまだそんなばかなことを信じているのか(Do you still believe that claxzy idea?)」
・世の中の生化学者はこぞってカルシウム説を否定していた。
江橋節郎 東京大学名誉教授(サイエンティスト・ライブラリー)より
【参考資料】
「筋収縮の生理学」江橋節郎・1984
「江橋先生と筋興奮収縮連関のCa説」遠藤實・2007
トリガーポイントと拘縮ができるしくみ
トリガーポイントと拘縮(こうしゅく)の形成には、筋肉の細胞内のカルシウムイオン濃度が高い状態を持続することが深く関係しています。
拘縮とは、通常の筋肉の収縮とは異なり、脳からの電気信号なしで持続的に生じますが、可逆的な(元の状態に戻り得る)収縮です。
これは、筋肉の収縮と弛緩におけるカルシウムイオンの役割が、機能不全に陥ることで引き起こされます。
正常な筋肉の収縮と弛緩におけるカルシウムイオンの役割
脳から筋肉へ「収縮せよ」という指令(電気信号)が送られると、筋肉と神経がつながっているところ(神経筋接合部)からアセチルコリン(神経伝達物質)が放出され、最終的に、カルシウム貯蔵庫(筋小胞体)からカルシウムイオンが放出されます。
放出されたカルシウムイオンは、筋肉の線維を構成するアクチンフィラメントとミオシンフィラメントの間に滑り込み、両者の結合を促します。
この結合により、互いのフィラメントが引き寄せられて筋肉が収縮します。
収縮後は、カルシウムイオンが筋小胞体へと回収され、筋肉の細胞内のカルシウムイオン濃度が低下し、筋肉は弛緩します。
トリガーポイントと拘縮ができるしくみ
筋肉の使いすぎやストレス、または損傷などによって筋肉が過剰に収縮すると、このプロセスに異常が生じて、以下のしくみでトリガーポイントと拘縮が形成されます。
1.アセチルコリンの過剰放出
筋肉の過剰な収縮により、神経筋接合部からアセチルコリンが過剰に放出されます。
2.筋小胞体からのカルシウムイオン過剰放出
過剰なアセチルコリンが刺激となり、筋小胞体から大量のカルシウムイオンが放出されます。
3.カルシウムの回収不全による筋肉の持続的な収縮
筋肉の細胞内のカルシウムイオン濃度が高止まりすると、カルシウムポンプの働き(回収)が追いつかなくなります。
この状態が続くと、アクチンとミオシンが離れられなくなり、持続的な収縮が生じます。
4.ATP不足とエネルギー危機
ATP(アデノシン三リン酸)とは、「筋肉の電池(ガソリン)」のようなものです。
筋肉の「収縮」と「弛緩」には、ATPがエネルギー源として使われます。
エネルギー危機とは、筋肉が収縮し続けることで局所の血流が悪化(虚血状態)し、筋肉が弛緩するために必要なエネルギー源(ATP)を十分に作り出せなくなることです。
5.悪循環の発生
ATPの不足はカルシウムポンプの働きをさらに低下させ、カルシウムイオンの回収を妨げます。
これによりカルシウムイオン濃度が高い状態が維持され、筋肉の持続的な収縮が続くという悪循環に陥り、トリガーポイントと拘縮が形成されます。
慢性的な腰痛が改善しない、根本的な理由
先日、慢性的な腰痛でお悩みの60代の女性が来室されました。
これまで3つの整形外科を受診し、レントゲンやMRIの結果から「変形性腰椎症(加齢による背骨の変形)」「椎間板ヘルニア」「脊柱管狭窄症」などと診断されたそうです。
医師からは「手術をするほどではない」と言われて安心はしたものの、痛み止めを飲んでも理学療法(電気や牽引)に通っても腰痛は一向に改善せず・・・半ばあきらめかけていたといいます。
そんな中、娘さんがしまだのHPをご覧になり、「お母さんは、これ(筋膜性疼痛症候群)だよ、ここだよ」と確信して来室されたとのことでした。
慢性的な腰痛が改善しない、根本的な理由
この女性のように、処方された薬を飲みながら理学療法に通っても、多くの慢性的な腰痛(に限らずですが・・・)は、なぜ改善しないのでしょうか?
その もっとも根本的な理由 を、ある本の中で、とてもわかりやすいたとえで説明している一節がありましたので、ご紹介します。
** 引用:『複雑な症状を理解するための トリガーポイント大事典』より **
現在の医療には、失望させられる場面に遭遇することがあります。
時には、無駄とさえ感じるかもしれません。
例えば、慢性的な腰痛がある人が医療に頼ろうと決心したとします。
広範囲にわたる高価な検査を受けた後、「どうやらあなたには慢性的な腰痛があるようです。しかし、40歳を過ぎれば、誰でも腰に何らかの病状があるものです。」と告げられるかもしれません。
この医療従事者は、MRIなどの画像により腰部の状態を観察し、目に見える病態が症状を引き起こしていると信じ切っています。
つまり、画像に映ったものを治療しようとしており、患者自身を見ようとしていません。
また、画像には映らない軟部組織には目を向けられません。
そのため、画像検査では正常に見えても、患者は痛みを感じています。
このように、画像検査などでわかる病態が患者の症状を引き起こしているとは限りません。
これは、電話の写真を見ればそれが電話だということがわかりますが、写真からはその電話が鳴っているかどうかはわからないことと同じです。
電話そのものをよく観察しなくてはならないのです。
出典:『複雑な症状を理解するための トリガーポイント大事典』
著:Devin J. Starlanyl /John Sharkey
監訳:伊藤和憲
翻訳:皆川陽一・皆川智美
緑書房 2017年
『電話の写真を見ればそれが電話だということがわかりますが、写真からはその電話が鳴っているかどうかはわからないことと同じ』ように
『レントゲンやMRIなどの画像を見れば背骨の変化やヘルニア、脊柱管が狭窄しているということがわかりますが、画像からはその患者さんが痛みを感じているかどうかはわからない』のです。
ですので。
私たちは、患者さんの 痛みストーリー を伺いながら身体をよく観察(触診)して、画像には映らない、患者さんが痛みを感じる原因となる軟部組織(筋・筋膜)の問題 『トリガーポイント』を探し出さなくてはならないのです。
施術後、女性は「希望がみえた」と笑顔で帰宅されました。
これまでに5回の施術を受けていただきましたが、「腰の痛みがとても楽になった」と施術者冥利に尽きる言葉もいただきました。
私たちが道案内を間違わなければ、多くの患者さんは希望する結果に辿り着くことができます。
けれど、もしも間違った道を案内してしまえば、行き止まりか、時には引き返すことのできない結果に辿り着いてしまいます。

