そよ風 note

2026-02-21 18:00:00

トリガーポイントの歴史 (詳細版)

▶︎ 概要版

「肩が痛い」「腰が痛い」という症状は何千年も前からありましたが、それをどう理解するかは、時代とともに変わってきました。

古代エジプトの医療文書 エドウィン・スミス・パピルス(紀元前1600年頃)には、背中や手足の外傷に関する記録が残されています。

また、古代ギリシャの医師 ヒポクラテスHippocrates, 紀元前460年頃 – 紀元前370年頃)も、腰痛や坐骨神経痛様の症状について言及しています。

 

1800年代:筋肉の痛みが観察され始めた時代

19世紀、医学はまだ「筋肉の痛み」をうまく説明することはできませんでしたが、重要な観察が積み重ねられていました。

1843年、ドイツの解剖学者 フロリープ(Moritz Heinrich Romberg Froriep, 1803 – 1861)は、筋肉の硬いところと痛みの関係を報告します。

1890年代以降、イギリスの医師 ジェームズ・マッケンジー(Sir James Mackenzie, 1853 – 1925)は、「痛みの原因は、必ずしも痛む場所にあるとは限らない」という概念 ― 関連痛(referred pain)を体系化しました。

 

1930〜1950年代:トリガーポイントの誕生へ

1938年にはイギリスの医師 ジョン・ケルグレン(John Kellgren, 1905 – 1966)が、筋肉や靭帯などに刺激を加えることで、離れた部位に再現性のある関連痛が生じることを実験的に報告しました。

ケルグレンの研究は、筋肉や靭帯などの組織由来の関連痛が単なる主観的な訴えではなく、生理学的に再現可能な現象であることを示した重要な報告でした。

こうした流れの中で、トリガーポイントの中心人物であるアメリカの医師 ジャネット G・トラベル(Janet G. Travell, 1901 – 1997)によって、トリガーポイントの体系化が進んでいきます。

トラベル医師は臨床の中で、ある現象に気づきます。

・筋肉のある一点を押すと、離れた場所に痛み(関連痛)が出る

・その一点を治療すると、その痛み(関連痛)が消える

1952年、Travell & Rinzler は、『Myofascial Trigger Point(筋・筋膜トリガーポイント)』という用語を提唱します。

ここで初めて、痛みには「引き金となる点(トリガーポイント)が存在する」という考え方が示されました。

 

1961年、トラベル医師はケネディ大統領の主治医に就任します。

📃 ケネディ大統領とトラベル医師 ー慢性腰痛とトリガーポイントー

 

1960〜1980年代:臨床理論としての体系化

トラベル医師と共同研究者のデイヴィッド G・シモンズ(David G. Simons, 1922 – 2010)らにより、トリガーポイント理論は「治療モデル」へと進化します。

◾️原因として整理されたもの

・過負荷(使い過ぎ)

・外傷

・姿勢異常

・精神的ストレス

・内臓由来の影響

◾️治療法として確立されたもの

・局所麻酔薬を注入する「トリガーポイント注射」

・薬液を用いず針刺激のみを行う「ドライニードリング」

・持続的な圧迫によって血流を促す「虚血性圧迫療法」

・冷却スプレーを用いた「spray & stretch(冷却伸張法)」

これらの治療法はいずれも「局所の異常な神経筋活動をいかに正常にするか」というものでした

◾️トリガーポイントの分類

・Active trigger point(活動性)

 → 何もしなくても痛みを出し、関連痛を広げる = 燃え上がっている火のようなトリガーポイント

・Latent trigger point(潜在性)

 → 普段は痛くないが、圧迫すると痛みが出る = くすぶっている炭のようなトリガーポイント

・Satellite trigger point(衛星)

 → 他のトリガーポイントの影響を受けて2次的に生じた = 飛び火のようなトリガーポイント

 

1980〜1990年代:理論の集大成

1983年、Travell & Simons による

『Myofascial Pain and Dysfunction : The Trigger Point Manual』第1巻が出版されます。

この書籍は、トリガーポイント理論を体系化した画期的な一冊です。

1992年には第2巻、1999年には改訂第2版が刊行されました。

原著は2巻ですが、日本語版は1992年に上下4分冊で出版されました。

(原著が非常に分厚かったため、分冊されたと言われています)

私も日本語版を所有していましたが、残念ながら現在は手元にありません。

それでも、この書籍が私の治療観に与えた影響は大きなものでした。

 

2000年代:生理学的理解の進展

シモンズらが提唱した統合仮説(Integrated Hypothesis)では、トリガーポイントは「筋肉内の悪循環(エネルギー危機)」によって生じていると説明されました。

筋肉への過負荷などをきっかけに、筋肉が持続的に収縮した結果、酸素やエネルギー(ATP:アデノシン三リン酸)が不足して、痛みを引き起こす(発痛)物質が増加します。

エネルギー(ATP)が不足すると、筋肉は弛緩できなくなってしまいます。

そして、その痛みがさらに筋肉の緊張を高めることで、筋緊張 → 血流低下 → エネルギー不足 → 発痛物質の増加 → 痛み → さらなる筋緊張 という以下(1〜8)の「悪循環」が形成され、トリガーポイントが持続します。

1.神経終板(神経と筋肉が接合する、神経から筋肉へ電気信号が伝わる部位)の異常興奮

2.アセチルコリンの過剰な放出

3.筋肉の持続的な収縮

4.アデノシン三リン酸の枯渇

5.カルシウムイオンの放出・再取り込みの障害

6.筋拘縮

7.虚血・低酸素

8.発痛物質の蓄積

ここで、トリガーポイントは「単なるコリ」ではなく「局所的エネルギーの破綻状態 = 筋肉は収縮したまま、弛緩できなくなっている」と考えられるようになりました。

この理解は、施術の意味を大きく変えました。

施術の目的は、筋肉を「揉みほぐす」ことではなく「弛緩できない状態を解除する」ことです。

そして、シモンズらの統合仮説は、その後さらに発展します。

2004年には、アメリカの神経内科医 ロバート D・ガーウィン(Robert D. Gerwinによって「拡張統合仮説(Expanded Integrated Hypothesis)」が提唱されました。

この仮説では、筋・筋膜の異常だけではなく、末梢神経や中枢神経の感作(過敏化)がトリガーポイントの持続に関与する可能性が示されました。

 

2010年〜現代:筋膜と神経科学の統合

近年、筋膜の研究が進み、筋膜は単なる「筋肉を包む膜」ではなく、豊富な神経終末(センサー)を持つ感覚器官としての役割を担っていることが明らかになりました。

さらに「生体テンセグリティモデル」の考え方が広まり、身体は “ 部分の集合 ” ではなく “ 関係性のネットワーク ” として機能しているという理解が深まりました。

 

 📃テンセグリティ

 

そして、以下の神経科学の知見が加わりました。

◾️中枢性感作

痛みが長く続くと、脳や脊髄が「痛みに敏感な状態」になります。

本来なら痛くない刺激でも痛く感じたり、痛みに範囲が広がったりすることがあります。

痛みセンサーそのものが、過敏になってしまう状態です。

◾️運動制御の再編成

痛みがあると、脳は無意識のうちに動き方を変えます。

これは「運動制御の再編成」と呼ばれる現象です。

私たちが意識しなくても、脳は常に身体を守ろうとしています。

そのため、痛み(急性・慢性に関わらず)があると

・かばう

・力を抜く

・特定の筋肉を使わなくなる

といった変化が自然に起こります。

その結果

・本来働くべき筋肉が働かない(働けなくなる)

・代わりに別の筋肉が過剰に働く(補正と代償)

というアンバランスが生まれます。

このアンバランスが続くと、過剰に働き続けた筋肉に負荷が集中し、新たなトリガーポイントが形成される土壌になります。

◾️脳の可塑性

脳は経験によって変化します。

痛みが長期間続くと「痛みを感じやすい回路」が強化されることがあります。

しかし逆に言えば「適切な刺激や運動によって、脳は再び変化できる」ということでもあります。

 

トリガーポイント理論は歴史の積み重ねの中で生まれ、臨床の現場で磨かれながら、今もなお進化を続けています。

痛みは決して「悪者」ではなく、心とからだからのメッセージです。

そして痛みは、局所の問題だけではなく、筋、筋膜、神経、そして脳との関係性の中で生まれる現象です。

だからこそ施術の目的は、筋肉を単に揉みほぐすことではありません。

弛緩できなくなっている状態を解除し、身体が本来の機能とバランスを取り戻せる状態に導くことにあります。