そよ風 note
トリガーポイントの発生から痛みが慢性化するしくみ
【 トリガーポイントの発生 】
筋膜のトラブルが発生すると、その部分の血液の流れが阻害され、その部位が『酸素欠乏』になります。
酸素欠乏が起きると、血液中の血漿から『ブラジキニン』などの発痛物質が生成され、知覚神経(C線維)の先端にある『ポリモーダル受容器』に取り込まれて『痛み』を感じます。
このような状態から発生した圧痛点(痛みの発信源)を『トリガーポイント』と呼びます。
【 痛みの慢性化(悪循環)】
『トリガーポイント』からの痛み信号を捉えた『脳と脊髄』が、反射的に交感神経を働かせます。
その結果、トリガーポイント周辺の『筋肉と血管の収縮』が起こり、再び酸素欠乏が発生して発痛物質が生成されるという『痛みの慢性化(悪循環)』が起こります。
心の痛みは本当に痛む
痛みとネガティブな感情は、深く絡み合っています。
私たちは、悲しいことや辛いこと(家族や仲間や恋人からの拒絶、別れなど)があった時、『心が痛む(傷ついた・折れた)』などと表現します。
近年、脳内の活動をオンライン(f MRI)で解析することができるようになり、痛みと感情の関係(身体的な痛みと心の痛みのつながり)が明らかになりました。
たとえば、人間関係で人に拒絶された時に傷つきやすい人は、身体的な痛みについても 強く不快と評価する傾向がある そうです。
また、たとえ傷つきやすくない人でも、社会的な苦悩(人間関係の中で苦しみ悩むこと)を経験をすると、身体的な痛みに対する 不快な知覚が増す そうです。
説得力のある事実として、人間関係における拒絶(ゲームのメンバーから外されるといった軽度な排斥でも)と身体的な痛みとは、脳の中の同じ領域 が活性化します。
もっと強力な拒絶を用いた研究では、恋人と別れたばかりの人に元恋人の写真を見せると、脳の中の感情的な痛み領域だけでなく、感覚的な痛み領域も活性化することがわかりました。
Social rejection shares somatosensory representations with physical pain
『社会的拒絶は、身体的な痛みと体性感覚を共有する』
この研究は、2011年にミシガン大学がおこなったもので、NHKのヒューマニエンスという番組「"痛み"それは心の起源」でも紹介されていました。
『心が痛む(傷ついた・折れた)』といった表現は、単なる言葉のあやではなく、現実的な比喩だったのです。
脳にとって『心の痛み』は『身体の痛み』と同じものなのです。
①『2つの痛み』
一口に『痛み』と言っても、痛みにはしくみの異なる『急性痛』と『慢性痛』があります。
この2つの痛みは、痛みを生じる原因も脳に伝える神経(痛みセンサー)も異なるので、対処法も異なります。
『急性痛』とは
身体のどこかが傷ついたり、何らかの理由で組織が炎症を起こしたりした時に感じる、『鋭い、どこが痛いのかはっきりした痛み』です。
例:転んで膝をぶつけた、指を切った、歯を抜いた、風邪をひいて喉が痛い、骨折をした など
このような『炎症がある痛み』は
・怪我をした(炎症を起こした)ところをよく冷やす。
・血行が良くなることは避ける。(入浴や運動、飲酒や辛い食べ物など)
・消炎鎮痛剤がよく効きます。
・とにかく安静です。
・日にち薬です。
誰もが経験したことのある、病気や傷にともなう『症状としての痛み』なので、傷や病気が治れば痛みも役目を終えて消えていきます。
また、急性痛は『痛みの大きさと経過日数』はほぼ比例するので、痛みがいつ頃消えるのか予測することができます。
下図「急性痛と慢性痛の経過の違い」を参照してください。
※ すべての炎症は痛みを伴いますが、すべての痛みが炎症を伴うわけではありません。
ギックリ腰や寝違いなどは、ある日突然に起こる痛み(急性痛)ですが、炎症を伴う(傷の)痛みではないので、即時改善が可能です。
※ 急性痛と慢性痛を比較した一例です。
『慢性痛』とは
3ヶ月〜6ヶ月以上(数ヶ月〜数年)にわたって続く、『ズーンという、鈍い、うずくような、(急性痛ほど)どこが痛いのかあまりはっきりしない痛み』です。
例:筋膜性疼痛症候群、頭痛(主に緊張性頭痛)、慢性腰痛、肩こり、ひざ痛、四十肩、いわゆる坐骨神経痛 など
※ 病院では、背骨の変形や椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症、変形性の関節症(関節の軟骨がすり減っている)、などの診断を受ける場合があります。
このような『炎症がほぼない痛み』は
・冷やさずに温める。
・血行が良くなることを積極的におこなう。(入浴や体操、ウォーキングなど)
・消炎鎮痛剤は、あまり効きません。
・安静よりも、できるだけ動く(行動)です。
・日にち薬も効きません。
誰もが経験する訳ではない、けがや病気が治っても痛みが消えない、いくら検査をしても異常がないなど、急性痛とは異なる『ちょっと複雑な痛み』です。
慢性痛は、日によって痛みの大きさが変化することもありますが、『痛みの大きさと経過日数』は比例しないので、痛みがいつ頃消えるのか予測することができません。
上図「急性痛と慢性痛の経過の違い」を参照してください。
慢性痛は急性痛とは痛みを起こすしくみが異なるので、急性痛にはよく効く鎮痛剤も効かない場合がほとんどです。
そして、急性痛と大きく異なる点として、慢性痛は以下の要因が相互に絡み合っています。
・身体的な要因
トリガーポイント(過敏化した受容器)
・心理的な要因
『 不安・悩み・悲しみ・怒り・恐怖・抑うつ 』 などの精神的なストレス
『痛み』そのもの(痛みに対する誤解)もストレスになる。
・社会的な要因
まわりの人との人間関係(親子や夫婦の関係、職場の環境や人間関係など)
いつまでもよくならない痛みが、人間関係を悪化させることもある。
・睡眠(障害)
不眠、中途覚醒(断続的な睡眠)
不眠症の方は、慢性的な痛みを伴っているケースが多く、慢性的な痛みを抱えている方は、睡眠障害を伴っているケースが多い。
(睡眠の量や質の悪化が、痛みの再発や程度と関係している)
これは、慢性的な痛みやしびれが一元的なものではなく、多元的なものであることを示しています。(これらの要因が占める割合は、人によって異なります)
慢性的な痛みやしびれは、『心と身体(トリガーポイント)が相互に絡み合った結果(心身反応)』と捉えると、期待する結果を得ることができるようになります。
このような心身反応は、習慣化することがあります。
②『痛みを感じるしくみ』
『痛み』は『電気信号』です。
(神経が電気コードで、痛み信号はその中を通る電流をイメージしてください)
痛みを起こす物質や組織を損傷するくらいの強い刺激に『痛みの受容器』が反応すると、電気(痛み信号)が生じて、脳に伝わるしくみになっています。
慢性痛の場合は、痛みを起こす物質に反応しています。
このしくみによる痛みを『侵害受容性疼痛(しんがいじゅようせいとうつう)』と言います。
『筋膜性疼痛症候群・トリガーポイント』による痛みも、同じしくみです。
慢性痛は、痛み信号が生じたところから『人が歩く(時速3.6km)くらいの速さ』で神経を通って脳に伝わり、『痛い』と感じています。
急性痛は、慢性痛とは異なる3倍くらい太い神経(Aδ線維)が『約15倍(時速54km)くらいの速さ』で伝えています。(緊急性が高いので速く伝わる)
痛み信号が発生したトリガーポイントが『痛みの第一現場』で、痛み信号を受け取っている脳は『痛みの第二現場』です。
たとえば
『右ひざが痛い・・・』と感じる時
<痛み信号の流れ>
『脳』
⇧
『背骨の中にある脊髄』※1
⇧
『末梢神経』※2
⇧
(痛み信号の発信)
『トリガーポイント』
※1 脊髄(せきずい):脳から連続する中枢(ちゅうすう)神経で、背骨の中に存在。
神経伝達の中継と反射機能(←慢性痛に関わる)をつかさどる。
※2 末梢(まっしょう)神経:脳と脊髄(中枢神経)から分かれて、全身の器官・組織に分布。
全身の器官・組織と中枢神経系(脳と脊髄)を結ぶ伝導路。
トリガーポイントの場合は、痛み(信号)を脳に伝える神経の先端にある『ポリモーダル受容器』というセンサーが『発痛物質 *ブラジキニン』に反応して、痛み(信号)が生じています。
*ブラジキニンは、数ある発痛物質(セロトニン、ヒスタミン、アセチルコリンなど)の中でも『最強』と言われ、トリガーポイントが活性化した時は『それなりの強い痛み』になる。
ほとんどの筋骨格系(肩こり、腰痛、膝痛など)の痛みをはじめ、椎間板ヘルニアの神経圧迫によるとされている、いわゆる『坐骨神経痛』も『侵害受容性疼痛』です。
トリガーポイントによる脚の痛みやしびれは『坐骨神経痛』と間違えられることが多いです。
神経は痛みを伝えるものですが、神経因性疼痛(しんけいいんせいとうつう)のように神経そのものが傷つかない限り、痛みを起こすことはありません。(例:帯状疱疹の痛みなど)
多くの方が診断されている『坐骨神経痛』が、本当に神経因性疼痛であるならば、手技療法で改善するはずがありません。
慢性痛には侵害受容性疼痛のほかに『神経因性疼痛(しんけいいんせいとうつう) 』と『痛覚変調性疼痛(つうかくへんちょうせいとうつう)』があります。
『神経因性疼痛』は神経そのものの損傷または機能的な異常で、難治性の極めて稀な痛みであり、手技療法の対象ではありません。
その痛みの代表的な原因としては、糖尿病(による神経障害)、帯状疱疹(後の神経痛)、幻肢痛、がんの化学療法などです。
また、今まで原因不明の痛みは『心因性疼痛』と呼ばれていましたが、昨年『痛覚変調性疼痛』となりました。
この痛みは『痛み』への不安や恐怖、その他のストレスや人間関係などの影響で、脊髄から脳にかけての神経回路が時間をかけて変調することで痛みを悪化させると考えられています。
線維筋痛症や過敏性腸症候群などが典型的な疾患です。
③『しびれを感じるしくみ』
『しびれ』も『電気信号』です。
腰痛、頭痛、めまいなどとともに、手足のしびれも訴えの多い症状の一つです。
正座をしているときや正座から立ち上がったときに『ジンジン』『ビリビリ』『チクチク』する、あの感覚です。
痛みを同時に感じることも、数分で消えてしまうこともあります。
<しびれを感じるよくある原因>
1:長い時間の圧迫(正座や腕まくらなど)
2:脱水(脱水症や熱中症など)
3:血液の循環不全(動脈硬化・静脈瘤・リンパ浮腫など)
4:神経系の疾患(糖尿病による神経障害・帯状疱疹など)
5:パニック発作(過呼吸症候群)
6:心理的なストレス(心身反応)
しびれの原因は『すべて神経(系の疾患)』とは限りません。
筋膜性疼痛症候群で起こるしびれは『血液の循環不全』によるものです。
(心理的なストレスもによるしびれをともなっている場合もあります)
しびれは、痛みを伝える神経『Aδ線維・C線維』と感覚専門の神経『Aβ線維』が伝えています。
Aβ線維は、神経のどこかに異常が生じたときに起こるしびれを伝えます。(主に神経系の疾患)
痛みやしびれを伝える神経
(しびれ専門の神経はありません)
神経は太くなるほど早く伝わります
筋膜性疼痛症候群の場合、以下のような時にしびれを感じやすくなります。
・血管の持続的な収縮によって、血流量が低下した時
『ジンジン(ジーンジーン)』
C線維による、鈍い痛みに近い(正座をしているときに感じる)しびれ
・血管の拡張によって、低下していた血液量が急激に増加した時
『ビリビリ』⇨『チクチク』へ
Aδ線維による、はっきりとした痛みに近い(正座を解除して立ち上がってから感じる)しびれ
また、京都大学の研究により、感覚神経にある痛みセンサー(TRPA1)が低酸素により過敏化することがわかりました。
血液の流れが悪くなった後に一気に血流が再開すると、大量の活性酸素(身体にダメージを与えたり、痛みを引き起こしたりする)が発生します。
この活性酸素が、過敏化した痛みセンサーを活性化することにより、強いしびれや痛みが生じることも明らかになりました。
※『痛みセンサー』→ 『低酸素』→『過敏化』→『活性化』
このしくみはトリガーポイントと同じです。
このように、血流の急激な増加でもしびれを感じますが、そもそもは『血液量の低下』です。
『血流量の低下』が起こらなければ 『急激な増加』は起こりません。
トリガーポイント(過敏化した受容器)が鎮静化すれば、血行障害も徐々に改善し『急激な増加』が起こらなくなります。