そよ風 note
腰痛と腹筋 その③ 妊娠中と出産後
妊娠は、脊椎や骨盤の安定化における腹筋(腹横筋など)の役割について、重要な問題を提起する状態です。
妊娠中、腹筋は劇的に伸長されますので、本来の筋力を失い骨盤を安定させることができなくなります。
実際に、妊婦(n=318)を対象とした研究では、腹筋の能力が失われていることが示されました。
妊婦していない人は全員が腹筋運動ができたのに対し、妊婦の16.6%は一度も腹筋運動ができなかったのですが、腹筋の強さと腰痛の間に関連はありませんでした。
脊椎の安定性と腹筋(筋力低下)の問題が、妊娠中の腰痛に関与しているという証拠はほとんどないにもかかわらず、妊娠中の腰痛治療として、コア・エクササイズをすすめることが多いのです。
安定化に関して、もうひとつ興味深いのは出産後です。
腹筋は、産後4〜6週間ほどで元の長さに戻り、骨盤の安定性が正常化するには8週間ほどかかると言われています。
この間は、弛んだ腹筋とその筋膜による脊椎や骨盤の安定化はほとんど期待できないはずですが、腰痛になる可能性は高くなるのでしょうか?
ある研究では、出産直後の腰痛や骨盤周囲の痛みに対して、認知行動療法と標準的な理学療法の効果が比較されました。
この研究での興味深い点は、研究に参加した869人の妊婦のうち、635人が出産後1週間以内に自然回復したため除外されたことです。
腹筋が妊娠前の長さ、強さ、コントロールに戻るにはかなり早い時期ですが、腰痛は劇的に減少したのです。
腹筋の機能が著しく低下している時期に、どうしてこれだけ多くの方の腰痛や骨盤周囲の痛みが改善するのでしょうか?
腹筋と脊椎や骨盤の安定性の関係が、強調されすぎているのではないでしょうか?
妊娠と同様に、肥満(腹部の膨隆)も体幹筋の力学とコントロールを乱すことになり、肥満の方に腰痛の発生率が増えるはずですが、疫学的な研究によると『体重の増加や肥満と腰痛の関連は弱い』となっています。
妊娠中、出産後、肥満などの生理的な変化があっても、脊椎の健康が損なわれる(腰痛になる)ことはないようです。
腰痛と腹筋 その④ 『運動療法で腰痛を改善する』という考え方が問題である理由
これまでにも、この考え方にはさまざまな問題がありましたが、より大きな問題があります。
それは、腰痛の起因に対する理解が劇的に変化し(腰痛概念のパラダイムシフトが起こり)、『心理・社会的な要因が、急性腰痛の発症から慢性化に移行する重要な(危険および予後)因子になった』からです。
腰痛には、心理・社会的な要因が関わっていることが明らかである以上、脊椎の安定性や筋力の弱さなどの力学的な要因に焦点を当てることが、腰痛の改善にどれほどの役割を果たすかは想像に難しくありません。
一部の人は運動療法で腰痛を改善できるかもしれませんが、複雑な『生物・心理・社会的な因子』を持つ可能性がある多くの患者さんに対して『体幹を鍛えれば腰痛は改善できます』といった短絡的な解決策を提供することは、治療の焦点を大きくずらすことになります。
患者さんの症状の根底にある本当の問題が無視され、患者さんは症状の原因を知ることはありません。
このような状況は、腰痛の慢性化をより促進するのです。
運動療法は、患者さんの意識を腰(痛)に向けやすくなり『自分の腰はひどい状態なんだ(だから鍛えなければいけない)』という思いを強化します。
私たち(医療を提供する側)は、患者さんに、体幹の筋肉を鍛えるのではなく弛緩させるように促すべきであり、患者さんの意識を『腰から遠ざける』べきなのです。
まとめ
・腹筋の弱さ、体幹筋群間のアンバランスは、病的なものではなく、正常な変化に過ぎません。
・腹筋が弱くても、腰痛になることはありません。
・体幹の筋肉を緊張させても、腰痛を防いだり、腰痛の再発を抑えたりする効果は期待できません。
・コア・スタビリティ・エクササイズは、他のどのような運動よりも効果的ではなく、怪我を防ぐこともできません。
・コア・スタビリティ・エクササイズは、慢性的な腰痛を軽減する上で、他の運動よりも優れているとは言えません。治療的な影響は、体幹の安定性よりも運動効果に関連するものです。
最後にお伝えしたいこと
運動は良いことですが『コア(体幹)を鍛える』ことを、あえて選ぶ必要はありません。
腹筋の過度な緊張は、ぎっくり腰や慢性腰痛の原因になります。(これでは本末転倒です)
腰痛でお困りの方は、腹部にもトリガーポイントが潜んでいることが多く、私の施術室に来られている患者さんは、身をもって体験しています。
腰が痛い時、多くの人はこのイラストのような姿勢になります。
この時、全身の中で一番強い収縮を起こしている(身体が大きく曲がっている)のは ⭕️ (腹部)です。
このような姿勢は、腰が痛いから前屈みになっているのではなく、⭕️ (腹筋をはじめとする体幹の屈筋群)が強い収縮を起こしているから前屈みになってしまう(真っ直ぐに起き上がれない)のです。
以下のような方は、腹部にトリガーポイントが潜んでいる可能性が高いです。
・朝、起き上がる時に腰が痛い(左右どちらかを向いて、手をつきながら起き上がる)
・ベッドから降りても、すぐに真っ直ぐに立てない(少し時間が経つと立てるようになる)
・顔を洗う中腰姿勢がきつい
・ズボンを履き替える時に腰が痛い(脚が挙がりにくい)
・デスクワークや車の運転などでしばらく座った後、立ち上がりや歩き出す時に腰が痛い(しばらく前屈みになってしまう)
※ 近年、健康向上に良い効果をもたらすのは、日常的な軽い筋運動であって、スポーツジムなどでおこなう強い筋運動ではないことが明らかになりました。← スーパーヘルシーの秘薬 『PGC1−α』
こちらもご参考にしてください。
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腰痛について すべての人が知っておくべき10の事実
事実7:Back pain is not caused by a ‘weak core’
『腰痛の原因は「体幹(腹筋や背筋など)の弱さ」ではありません』
筋膜は『スーパーマン』
海外の筋膜の専門家は、筋膜を『スーパーマン』に例えます。
一見、ただのクラーク・ケントかと思いきや、その役割が『スーパーヒーロー』だからです。
実際、筋膜は単なる「梱包材」ではなく、心臓や脳、肺と同じくらい大きな役割を果たしています。
<筋膜の8つの大きな役割>
その①:身体の各部分が、互いの上下を、そして周りを滑ることができる。
歩いたり、走ったり、あらゆる運動をするとき、スムーズに動けるのはなぜでしょうか?
それは、動くときに筋膜の層が滑るからです。
実際、筋膜が健康であれば、その長さの75パーセントまで滑ることができますが、筋膜が健康でなければ、滑りが悪く(スムーズに動けなく)なってしまいます。
その②:すべてのものを所定の位置に固定する。
筋膜は、臓器、骨、筋肉、血管などを固定して、あるべき場所にとどまらせます。
もし筋膜がなかったら、206個の骨はただの骨の山になり、臓器は無差別に集まることになります。
その③:水分を保持し、移動させる。
筋膜が水を蓄え、全身に運んでいます。
蜘蛛の巣を伝う露のように、筋膜のコラーゲンを水滴が伝っています。
その④:身体全体の通信ネットワーク。
筋膜は、身体のあらゆる部位に、あなたの位置や動き、体内環境に関する情報を常に送っています。
筋膜には筋肉の10倍以上の感覚神経終末(痛みを感じるセンサーなど)があり、身体で最も強力な感覚器官のひとつです。
その⑤:身体のあらゆる部分と他のあらゆる部分をつないでいる。
筋膜をフィットしたベッドシーツに見立ててください。
シーツの片隅を引っ張ると、シーツのあらゆる部分が動きます。
たとえば私たちの身体では、足首を動かすと、太ももの裏側にある筋膜が滑ることがわかっています。
また、脚を伸ばすと、首の筋膜に影響を与え、首を動かす能力が高まります。
※ 私が『身体全体』を触診するのは、このような筋膜の繋がり(筋膜連鎖)の影響を確認するためです。
その⑥:『テンセグリティー』を生み出す。
宇宙飛行士が重力のない宇宙空間で逆さまになっても、骨や内臓がずれないのはなぜでしょうか?
それは、人体が『テンセグリティー』構造だからです。
テンセグリティーは、内部で(圧縮)力を発生させて、すべてを所定の位置に吊り下げます。
事実上、骨や内臓などは筋膜の中で浮いているのです。
骨、臓器、筋肉は、筋膜によって固定されていて、筋膜は身体の内部を支えるインフラとして機能しています。
筋膜は、私たちの身体に加わった物理的なストレスを吸収して、身体全体に分散させています。
その⑦:リンパの流れを促進する。
リンパ系は、全身に ※ 約20万キロ も張り巡らされた管で構成されています。
※ 血管の2倍、地球5周分の長さです。心臓から出た血液は約30秒ほどで全身を駆け巡りますが、リンパは8〜12時間かけて全身を1周します。
これらの管は、組織からリンパ節へと体液(リンパ)を運び、リンパ節ではリンパから毒素、バクテリア、がん細胞、その他の「ゴミ」をろ過し、浄化された体液を血流へと送り返します。
筋膜は、あなたが動くときに、リンパをこのシステムに押し流すことで役立っています。
つまり、筋膜が健康であればあるほど、リンパ系の働きは良くなるのです。
その⑧:ストレスに反応する。
筋膜は、感情的なストレスによって収縮します。
そのストレスが筋膜に及ぼす影響がはっきり現れるのは『顔・首・顎・お腹』です。
その結果は『表情や姿勢』に現れ、『肩こり、頭痛、腰痛、顎関節症』などの症状を自覚します。
そして。
姿勢と筋膜 に繋がります。
私が『顔・首・顎・お腹』を触診するのは、この影響を確認するためです。
現在、世界中の何千人もの医師やセラピストが、痛みを和らげ、パフォーマンスを高め、生活を向上させるために筋膜をターゲットにしています。
筋膜は、身体のあらゆる部分とつながり、相互作用しています。
したがって、筋膜を治療することは、他の構造にも影響を与えることになるのです。
姿勢と筋膜
肩こりや腰痛をはじめ慢性的な痛みでお困りの方は、① のような(顎を引いて胸を張った)姿勢を取るのがキツくなってきます。
気がつくと、② のような(頭・顎が前に出た前傾)姿勢になっています。
時には ② のような姿勢を取っても問題ありませんが、① の姿勢がキツくなってくると少々問題です。
ところで。
スピードスケートの選手が着るウェアは、滑走中の前傾姿勢でジャストフィットするように設計されているため、真っ直ぐに起き上がると突っ張るようにできているそうです。(ゴール後、すぐに頭の部分を脱ぐのは真っ直ぐに起き上がるためだそうです)
慢性的な痛みや猫背のような姿勢がなかなか改善しない一因は、ボディスーツである筋膜が『スピードスケートのウェアのように前傾姿勢を保ってしまっているから』なのです。
身体のあちこちに発生した筋膜の問題を見逃すと、痛みも猫背もいつまでも変わらないばかりか、その姿勢に順応するように股関節や膝関節も軽く曲がった(完全に伸びきらない)状態になっていきます。
下のイラストでも、① は ② に比べ、股関節と膝は軽く曲がっています。
このまま放置すると、脚の付け根や膝まわりにも痛みを感じやすくなってしまいます。(その逆も然りです)
※ これまでにもたくさんの『膝(脚)』をみてきましたが、右の膝が軽く曲がっている(完全に伸び切らない)方がとても多いです。(症状や利手に関わらずほぼ右脚なのですが、なぜ右なのかはわかりません)
私たちの身体も、スピードスケートのウェアのように全身が筋膜で繋がっています。
そして。
ウェアの頭の部分を脱ぐと起き上がりやすくなるのと同じように、私たちの身体でも、ある部位の柔軟性や可動性が回復すると、その影響を受けていた離れた部位の状態も改善します。
これが、筋膜の連鎖(繋がり)です。
姿勢は結果であって原因ではありませんが、『どこに筋膜の問題がありますよ』と教えてくれます。
① のような姿勢がキツくない方でも肩こりや腰痛になることはありますが、② の方に比べれば、トリガーポイントの数は少なく施術する範囲も狭いでしょう。
腰痛とレントゲン その①
単純X線写真は、外来診療で最も用いられている画像である。しかし、単純X線写真は、非特異的腰痛の診断にはほとんど意味がない。現時点での退行性変性の診断における単純X線撮影の位置付けは限定的なもので、感染症疾患などを含む脊椎炎、骨折、あるいは腫瘍のような重篤な病態を否定するためにあると言ってよい。
菊池臣一編著『腰痛 第2版』より (医学書院 2014)
慢性腰痛のない
しまだのレントゲン
腰は右凸側弯して
骨盤は左右の高さも違います。
腰の骨は変形して
椎間板も狭くなっています。
私の腰椎には退行性変性(背骨の変形や椎間板の狭まり)がみられますが、慢性腰痛ではありません。
このような変性は、腰痛のない人にも普通にみられます。
腰痛の方に限った所見(腰痛の原因)ではありません。
レントゲン撮影は、腰痛の診断にはほとんど意味がありませんが、骨折や癌などの重篤な疾患はないと安心できる大きな意味があります。
以下のような重篤な疾患を示唆する症状が1つでもある時はレントゲン検査が必要ですので、すぐに病院を受診してください。
・外傷後に発生した激しい腰痛(高所からの落下、尻餅など)
・夜間や横になっていても続く激しい腰痛
・ステロイドの服用者、癌の病歴
・原因不明の体重減少
・高い発熱(38℃以上)
・血尿
以下はごく稀です。
この症状は「痛み」ではなく「神経の麻痺」です。
・閉尿、便失禁
・歩行困難、お尻(肛門)周りの麻痺